シリーズ: WORKとLIFEをもっと身近に。

パン屋と公園のベンチ

― 朝の光の中で ―
朝の公園に、見慣れない人たちがいた。
作業服にヘルメットをかぶったひとたち。
ひとりはペンキ缶を持つ業者、もうひとりはクリップボードを持った市の職員。

「このベンチ、そろそろ塗り替えですね。予算、通ってます。」
「了解しました。昼までには乾くように仕上げます。」

その会話を、パン屋「YAZAKI BAKERY」の店主・矢崎はるが、
店の前から静かに眺めていた。

公園は店の目の前。
朝の仕込みの合間、
“町が少しずつ変わっていく瞬間”が、日常の中に混ざっていた。

― ベンチの色が変わる朝 ―
パンを焼きながら、はるは思う。

「このベンチも、もうずいぶん年季が入ってきたな。」

毎朝、子どもたちがランドセルを背負って通り過ぎ、
ママたちがコーヒーを片手に一息つく場所。

ベンチの向こうでは、業者と市の職員が淡々と作業を進めている。
はるは、オーブンから漂うパンの香りを感じながら、
小さくつぶやいた。

「これも、誰かの仕事なんだ。」

― 町のしくみ ―
登校途中の子どもたちが、公園の脇で立ち止まった。
学童「ひだまり」に通うまひろが、ペンキの匂いに気づいて尋ねる。

「ねぇ、あの人たち、何してるの?」

「ベンチを塗ってるんだよ。もう古くなってたからね。」

「どうして直せるの?」

はるは少し考えて、言葉を選ぶように答えた。

「パンを焼くときってね、お店はいろんなお金を使うでしょ。
 その中の一部は“まちの真ん中”、つまり市に集まって、
 こういう公園をきれいにしたり、道を直したりするのに使われるんだよ。」

「ふーん……。
 じゃあ、パン買った人も、少しは公園を作ってるの?」

はるは笑って頷いた。

「そう。みんなが町を動かしてるの。
 だから、ベンチの色が変わるのは、町のみんなが頑張った証なんだよ。」

― 午後のベンチと香り ―
昼下がり、公園のベンチは明るいクリーム色に塗り替えられていた。
乾いた木の香りと、ほのかなペンキの匂い。
それが、パン屋の焼きたての香りと混ざり合って風に流れていく。

ママ友たちがコーヒーを片手に話す。

「すごいね、きれいになった。新しいみたい。」
「ね、なんだか町が明るく見える。」

はるは窓越しに微笑む。

その背後で、ブランコを押していたまひろが声を上げた。
「先生! このベンチ、ぼくのお母さんが働いたお金でできたんだって!」

公園が一瞬、静かになる。
次の瞬間、誰かがくすっと笑った。
笑い声が広がり、町の空気が少しやわらかくなる。

― 夜の光と町の循環 ―
日が落ち、公園の街灯がともる。
昼に塗られたばかりのベンチが、
その光を受けてほのかに輝いていた。

パン屋の明かり、印刷所のランプ、街灯。
それぞれの仕事の光が、ひとつの風景を照らしている。

はるは店のシャッターを閉めながら、小さく呟いた。

「町がきれいになるたびに、
 誰かの仕事が光ってるんだな。」

働くことは、町をつくること。
町を支える手が増えるたび、
この町の夜は、少しだけ明るくなる。