創業年数が語るノスタルジックな浪漫の世界

多摩の人事部では、
地元企業一覧に創業年数を表示しています。

また、創業間もない企業には「Rookie」と表示しています。

一覧の段階から、
時間という視点が入るだけで、少し浪漫を感じませんか?

創業年数があるだけで、物語が見える

例えば、

「創業45年」と書いてあれば、

この会社、こんなに長いんだ。
きっと色々あったんだろうな。

バブル崩壊も、リーマンショックも、
東日本大震災も、コロナ禍も。

その中で、
事業を止めず、雇用を守り、
何度も決断を重ねてきたのかもしれない。

まだ何も知らない企業なのに、
創業年数があるだけで、時間の重みが伝わる。

それは、数字以上の情報です。

長く続くということは、判断を重ねてきたということ

長く続くということは、
ただ存在していたということではありません。

社会が揺れたとき、
経済が止まりそうになったとき、
地域の環境が変わったとき。

そのたびに、

  • 続けるのか。
  • やめるのか。
  • 変えるのか。
  • 守るのか。

判断を重ねてきた時間です。

創業年数は、
その判断の積み重ねが確かにあったことを示しています。

判断の基準

判断には、基準があります。

何を優先するのか。
何を守るのか。
どの方向を目指すのか。

それが、企業が掲げている理念や方向性です。

すべての企業が、
その理念通りに行動できているわけではありません。

理想と現実のあいだには距離があります。

それでも、

どの方向を見ながら判断してきたのか。
そうありたいと願い続けてきたのか。

創業年数は、
その時間の長さを静かに示しています。

成果の大きさではなく、
どれだけの時間、方向を持ち続けてきたか。
また、そうありたいと願ったのか。

そこに、企業の姿が少し見えてきます。

Rookieに込めた願い

一方で、創業間もない企業には「Rookie」と表示しています。

これは評価ではありません。

これから判断を重ね、時間を積み重ねていく企業である、という印です。

長い時間には物語がある。
始まったばかりの時間にも、物語の予感がある。

生まれた企業を支え、
時間を重ねた企業がまた次を支える。

生まれてくるものを社会全体が育てる。

そうあってほしいという願いがあります。

一覧の段階から、時間を見る

一覧に創業年数があるだけで、
企業が「点」ではなく「時間を持つ存在」に見えてきます。

その時間の中で、
どんな判断を重ねてきたのか。

それを想像することも、
企業を見る一つの方法です。

地元企業一覧にも創業年数を表示しているのは、
その視点を共有したいからです。

創業年数 西暦(元号) 主な出来事 主な数値・事実
2025年(令和7年)大阪・関西万博開催期間:184日(4/13〜10/13)
2024年(令和6年)能登半島地震M7.6/最大震度7/死者241(2月中旬時点の政府まとめ)
2023年(令和5年)コロナ5類移行訪日外客数:25,066,100人(年間推計)
2022年(令和4年)急速な円安為替:1ドル150円台(歴史的水準)
2021年(令和3年)東京五輪(延期開催)33競技/339種目(無観客の会場多数)
2020年(令和2年)パンデミック日本の実質GDP:▲4.3%(年)
2019年(令和元年)台風19号(多摩川流域も浸水)死者90/行方不明9/住家浸水70,341棟(全国集計)
2018年(平成30年)平成30年7月豪雨(西日本豪雨)死者237/行方不明8(政府白書掲載の集計)
2017年(平成29年)働き方改革(議論・設計が加速)時間外労働の上限:年720時間(後に制度化)
2016年(平成28年)熊本地震最大震度7/死者276(関連死含む集計)
2015年(平成27年)インバウンド拡大訪日外客:約1,974万人(年)
2014年(平成26年)消費税8%税率:5%→8%
2013年(平成25年)東京五輪開催決定開催年:2020(決定は2013)
2012年(平成24年)アベノミクス(政策転換)「3本の矢」(金融・財政・成長戦略)
2011年(平成23年)東日本大震災最大震度7/M9.0
2010年(平成22年)「はやぶさ」帰還打上げから約7年(2003→2010)
2009年(平成21年)世界金融危機の余波日経平均:7,000円台(大底圏)
2008年(平成20年)リーマンショック株価・雇用・投資が同時に急減速
2007年(平成19年)新潟県中越沖地震M6.8/最大震度6強
2006年(平成18年)景気回復局面「いざなみ景気」期(約73か月)に重なる
2005年(平成17年)郵政民営化(決定)民営化開始:2007
2004年(平成16年)新潟県中越地震M6.8/最大震度7/死者68
2003年(平成15年)SARS流行世界の累計感染:8,000人超(致死率も話題化)
2002年(平成14年)日韓W杯32か国参加(日本初開催)
2001年(平成13年)米同時多発テロ旅客機4機が関与(世界の安全保障が転換)
2000年(平成12年)ITバブル(熱狂と反動)NASDAQ:2000年に5,000pt超→急落局面へ
1999年(平成11年)多摩モノレール(延伸準備期)翌年2000/1/10に「立川北〜多摩センター」延伸
1998年(平成10年)多摩モノレール開業1998/11/27 開業(上北台〜立川北)
1997年(平成9年)アジア通貨危機IMF支援が各国で拡大(金融不安が波及)
1996年(平成8年)景気の持ち直し局面失業率が上昇傾向に入る時期(5%時代へ)
1995年(平成7年)阪神・淡路大震災死者6,434/全壊104,906棟
1994年(平成6年)円高局面為替:1ドル100円割れが意識された時期
1993年(平成5年)55年体制の転換政権交代(自民党が下野)
1992年(平成4年)バブル崩壊後の不況地価・株価の調整が長期化
1991年(平成3年)湾岸戦争多国籍軍:30か国超が参加
1990年(平成2年)バブル崩壊(転換点)日経平均:38,915円(1989/12/29)後に下落局面
1989年(平成元年)消費税導入/昭和→平成消費税:3%スタート
1988年(昭和63年)バブル景気(加速)地価高騰が社会現象化
1987年(昭和62年)ブラックマンデーダウ平均:1日▲22.6%
1986年(昭和61年)円高・金融環境の変化円高が産業構造に圧力(輸出に逆風)
1985年(昭和60年)プラザ合意為替:数年で240円台→120円台へ(急激な円高)
1984年(昭和59年)通信・技術の転換が進行家庭への情報機器普及が加速し始める時期
1983年(昭和58年)国鉄改革前夜(議論深化)のちの分割民営化(1987)へ向かう
1982年(昭和57年)景気停滞局面投資・雇用が慎重化しやすい時期
1981年(昭和56年)エネルギーコストの圧力省エネ・効率化が競争力要因へ
1980年(昭和55年)第二次オイルショック(余波)インフレ・コスト高が長引く
1979年(昭和54年)第二次オイルショック原油高で物価・景気に打撃
1978年(昭和53年)成田空港開港開港:1978/5/20
1977年(昭和52年)円高進行為替変動が輸出入に影響しやすい局面
1976年(昭和51年)ロッキード事件(政治不信)首相経験者の逮捕へ(社会の空気が揺れる)

さあ!会議を終わらせよう!

会議10分前

席に着き、資料をもう一度開きながら、なんとなく嫌な予感がしている。

品川さん、今日も来るよな。
このチームで一番、話が整理されている人だ。
たぶん、今日も正論をきれいに並べてくる。

理屈は合っているし、資料もきれいで、数字もちゃんとしている。
渋谷さんもきっとうなずくだろう。
「そのとおりですね~」という一言が、頭に浮かぶ。

でも、正直こう思ってしまう。

「確かに正しいけど、オレの考えの方がうまくいくと思うんだよな……」

自分の案は、数字は少し弱い。
説明も正直、完璧じゃない。

でも、手応えはある。
今は多少のリスクを取ってでも特急で進みたい。
そういう気持ちは、はっきりしている。


会議が始まる

まずは自分の説明。話している途中で、品川さんが口を開く。

「考え方としては理解できるよ。
ただ、この数字を見る限り、成功確率はそこまで高くない。
もし想定通りにいかなかった場合、リカバリーが難しいよね」

……ですよね。そう言われると思っていた。

品川さんの話は、「失敗しないこと」を最優先に考えた安全運転派だ。
一つひとつはもっともで、誰もが納得しやすい。

次に、品川さんの案が説明される。
前提が整理されていて、想定も抜けていない。

渋谷さんが言う。

「確かに、そのとおりですね~」

誰も間違ったことは言っていない。
だから、誰も否定できない。

気づけば論点が増えている。
前提条件の話。
想定ケースの話。
「もし〜だったら」の話。

議論は深くなる。でも、決まらない。


会議が終わる

時計を見ると、終了予定の時間を過ぎている。
「今日は一旦ここまでにしましょうか」
誰かがそう言って、会議が終わる。

結局、何も決まらないまま。

席に戻りながら、ふと思う。
誰かが間違っていたわけではない。

品川さんは正しいことを言っていたし、渋谷さんも間違っていない。
自分の企画だって、的外れではなかった。

全員、それなりに正しかった。

それなのに、なぜ決まらなかったのか。

組織がうまくいかないとき、つい
「やり方が悪いのではないか」
「誰かが間違っているのではないか」
と考えてしまいがちだ。

でも、実際に起きていることは、もっと単純な場合がある。

人数が少ない組織では、

  • 日々の業務を回しながら
  • 同時に方向性の話もしなければならず
  • しかも、その話を全員でしようとする

という状況になりやすい。

このとき会議の中で起きているのは、
価値観が揃っていない状態で、価値観レベルの話を全員でしている
という状態だ。

ここでいう価値観とは、
何を優先するか、どこまでリスクを取るか、何を守り、何を捨てるか
といった判断の軸のこと。

価値観は、話し合えば簡単に揃うものではない。
育ってきた環境も、経験も、立場も違う。

だから、
正しいことを言っているのに決まらず、
話せば話すほどズレが見えてきて、
最後は「今日は決めない」という選択になる。

もし今、さきほどの会議に心当たりがあるとしたら、
それは誰かの能力や姿勢の問題ではない。

組織が、まだ役割を分けきれない段階にいる。
ただ、それだけのことだ。

本来、組織の中には
どこに向かうかを決める話
決まった前提で迷わず進める話
性質の違う二つの話がある。

人数が少ない組織では、
その両方を同じメンバーで抱え込んでしまう。

だからこそ、
全員で価値観を揃えようとし、
全員で納得しようとし、
全員で決めようとしてしまう。

これは、いちばん負荷の高いやり方だ。

ここで大切なのは、
「今はそういう段階にいるのだ」と気づくこと。

どうすればいいか、という答えは、
実はもう見えているはずだ。

でもそれは、
誰かに正解を教えられて納得するものではなく、
自分たちで構造に気づいたときにしか、腹落ちしない。

今、うまくいっていないのだとしたら、
それは失敗でも、間違いでもない。
ただ、その組織が今いる段階の話だ。

気づけたなら、次の一手はきっと変わる。

さあ!会議を終わらせよう!

どのカテゴリーが得意??職種でじぶん発見!

仕事を探そうと思ったとき、「結局、自分は何の仕事が向いているんだろう?」と迷ったこと、ないですか?
求人サイトを開いて職種一覧を眺めてみる。でも、知らない職種名や似たような言葉が並んでいて、よく分からないまま、そっとタブを閉じてしまう。
「営業?企画?管理?技術?」どれも大事そうだけど、どれが自分なのかは、いまいちピンとこない。

それは、あなたの理解力が足りないわけでも、自己分析ができていないわけでもありません。
多くの場合、いきなり「職種名」から考えようとしていることが、迷いの原因になっています。

このページでは、「どの職種か?」ではなく、「どのカテゴリーの仕事が得意そうか?」から見ていきます。
難しく考えなくて大丈夫です。直感でOKなので、一緒に、ポチポチ見ていきましょう。
まずは、気になる大分類を選んでみてください。大分類 → 中分類 → 小分類という流れで、仕事の世界を整理して見ることができます。

どのカテゴリーが、しっくりくる?

正解はありません。直感で、気になるところから開いてみてください。

大分類から

ポチポチOK

戻ってもOK

検索(小分類を直接サジェスト)
※ 小分類を中心にヒットさせます(候補クリックで小分類一覧へ誘導)。
大分類
中分類
小分類
現在の選択

※「できそう」よりも、「疲れなさそう」で見るのがおすすめです。

この職種分類は、厚生労働省が定めている職業分類(令和4年改定)と、内容はまったく同じものです。
違いがあるのは、見せ方(UI)だけです。
公式の職業分類は、分類としては完成されていますが、大分類同士を行き来しながら全体像を眺める、という使われ方はあまり想定されていません。

そこで、分類の中身は一切変えず、大分類・中分類・小分類を行き来しながら、直感的に見られるように整理しました。
その結果、副産物として見えてきたものがあります。
各大分類がそれぞれ、「人・仕事・資源をまとめ、全体を回す」「知識や技術を生み出し、形にする」「判断・設計・表現で価値を生む」といったように、仕事の役割ごとの特徴をはっきり持っているということでした。

職種名ではなく、役割のまとまりとして仕事を見ることで、「自分はどのカテゴリーがしっくりくるのか」が直感的に分かるようになったのです。

このページで体験してほしいのは、職種を探すことではありません。
分類を行き来しながら、「この辺は、なんか自分っぽい」「この役割は、ちょっと疲れそうだな」そんな感覚に気づくことです。
職種選びは、正解を一つ当てる作業ではありません。

どのカテゴリーが得意なのか。職種を通して、じぶんを発見する。

参考:

厚生労働省 職業分類(ハローワーク公式)

お問い合わせ番号に込めたおもい

応募や相談のメールには、
Pre-ID という番号が添えられています。
表向きは、お問い合わせ内容を整理するための識別番号。
それ以上でも以下でもありません。

けれど、私はこの番号に
もうひとつの意味をそっと重ねています。

応募や相談は、
誰かと誰かが出会う“入口”にすぎません。

「応募数をどう増やすか」が中心になりがちな求人の世界で、
私たちが見つめたいのは、その先です。

たった 1 件の応募が、
人の人生を変え、
会社の未来を少しだけ良くし、
地域に新しい流れを生むことがある。

その出会いは、
数字よりもずっと深く、あたたかい意味を持ちます。

だからこそ、私はこの番号を Pre-ID と名付けました。

Pre = まだ形になっていない未来の前触れ
ID = その始まりを示す印

応募でも、相談でも、
Pre-ID が発行された瞬間から、
小さな“つながり”が芽を出し始める。

そのつながりが、
ひとりの暮らしや、ひとつの企業を変え、
やがて新しい未来につながっていく。
そんな流れを、私たちは信じています。

もちろん、Pre-ID はただの番号です。
しかし、その番号にはひとつだけ願いを込めました。

「ここから誰かの未来が、誰かの未来とつながりますように。」

Pre-ID は、
そんな静かな願いを託した、
出会いの前に灯す小さな印です。

給与は「立場」ではなく「能力と責任」への対価という考え方

多くの組織では「役職が上がれば給与も上がる」というのが自然な流れとして受け止められています。
もちろんそれ自体は間違いではありませんが、少し視点を変えると、別の考え方も見えてきます。

役職は肩書きではなく「任務」

役職は単なる肩書きや序列ではなく、特定の役割を担える人材に与えられる任務だと考えてみてはどうでしょうか。
その役割を果たすには、知識や経験の蓄積に加え、状況に応じて判断材料を組み合わせて結論を導く力、そして結果に責任を持つ覚悟が必要になります。
こうした条件を兼ね備えた人材は、実際にはとても希少です。

給与は「能力と責任」への対価

そう考えると、給与は「役職という立場」に付随する報酬というよりも、
必要性の高い役割を希少な人材が担うことに対する対価と捉えるほうがしっくり来るかもしれません。

給与を説明する2つの要素

  • その役割が組織にとってどれほど必要か(必要性
  • その役割を担える人材がどれほど少ないか(希少性

給与 = 必要性 × 希少性

まとめ

役職は「希少な役割を担う人材への任命」であり、給与は「その能力と責任に対する評価」と考える。
そんな見方をすると、給与体系の意味づけがより明確になるのではないでしょうか。

これはあくまで一つの視点にすぎませんが、
「給与を立場ではなく価値で捉える」という考え方は、今後の人事や報酬を考える上でヒントになるかもしれません。

「ジモト採用」が描く、これからのまちづくり

「WORK」と「LIFE」をもっと身近に。これは私たちの合言葉であり、ジモト採用の目指す姿です。


採用というと「人を集める仕組み」のイメージが強いかもしれません。
けれど、本当に大切なのは、そこで働く人や企業、そして地域全体がどう変わっていくか。
採用を通じて人も会社も街も豊かになるなら、それはもう
“採用を通したまちづくり”と言ってよいはずです。

ジモト採用がもたらす三つの力

— 経済の循環を生む力

地元で働く人が増えると、日常の消費が地域をめぐります。
朝の缶コーヒー、コンビニでの買い物、母の日のカーネーション、週末の外食や美容室。
小さな支出の積み重ねが地元企業の売上を支え、その企業の従業員もまた地域でお金を使う。
そうした往還が街の体温を上げていきます。

— 『距離の近さ』が命を守る力

日本は災害リスクの高い国です。
非常時に本当に頼れるのは、いつも近くにいる人や企業。
遠くの支援は尊いけれど、時間がかかることもある。
だからこそ、平時から「近い関係」を育てておくことは、安心の基盤になります。

『距離の近さ』が命を守る力。

— 人から新しい仕事が生まれる力

既存の枠に人を当てはめるだけではありません。
地域には、その人だからこそ活きる役割がある。
経験や想いに合わせて仕事が組み替わり、ときに生まれ直す。
地元ならではの働き方が、そこから静かに広がっていきます。

変わりゆく前提に合わせる

人口減少や人手不足、価値観の変化、そして度重なる災害。
大きな仕組みに頼るだけでは届かないところが出てきました。
ならば、最小単位である地域で支え合えるかどうか。
地元採用は、その問いに対する実践的な答えのひとつです。

つなぐ新しい未来

私たちが目指すのは、単なる求人サイトではありません。
地域と企業と人を包括的につなぐ「地域包括採用就労支援サービス」として、
一人ひとりの人生に寄り添いながら、みんなで“つなぐ新しい未来”を形にしていきたいのです。

特別なことは要りません。まずは、できるところから。
近くで働き、近くで暮らし、近くで助け合う。
その小さな循環が街をやさしく強くし、やがて次の仕事や出会いを生み出していきます。

そんな未来を、ここから一緒に。