シリーズ: WORKとLIFEをもっと身近に。

パン屋・矢崎はるの町を育てる朝

午前5時。
町がまだ眠る中、「矢崎BAKERY」のオーブンに明かりが灯る。
店主の**矢崎はる(36)**は、粉を量り、生地をこね、ゆっくりと息を整える。

窓の外では、通りの向こうで「半田印刷所」のシャッターが上がる音。
金属の響きが、朝の冷たい空気を割いた。
毎朝繰り返されるその音は、
はるにとって“町が今日も動き出す合図”だった。

毎月第1月曜日の午後。
矢崎BAKERYの厨房には、エプロン姿の子どもたちの笑い声が響く。

「今日はチョコスコーンを焼いてみよう!」
はるがボウルに粉を入れると、小学生たちが一斉に手を伸ばして混ぜ始める。

この教室は、近くの**学童クラブ「ひだまり」**の放課後プログラムの一環。
月に一度、子どもたちが町の仕事を“体験”する日でもある。

「焦らなくていいよ。パンは待ってくれるから。」
「粉が飛んじゃいました!」
「それも経験。パンも人も、失敗してふっくらするの。」

その言葉に、子どもたちは笑う。
やがてオーブンのタイマーが鳴り、甘い香りが店いっぱいに広がるころ、
迎えに来た母親たちの姿が見える。

「今日もお世話になりました。」
そう頭を下げる母親に、はるは微笑む。
「いえ、こちらこそ。みんなよく頑張ってましたよ。」

この教室は“売上”にはならない。
けれど、はるにとっては店を開く意味そのものだった。

「パン屋って、町のリズムを作る仕事だと思うんです。
食べてもらうだけじゃなく、“育てる”側にもなりたい。」

翌週の火曜日。
矢崎BAKERYの前の掲示板に、
「子どもたちのパン教室・作品展」のポスターが新しく貼られた。

焼きたてのスコーンやメロンパンの写真、
そして、子どもたちが描いた“パンの絵”が並ぶ。

印刷を担当したのは、もちろん半田印刷所。
「写真の周り、クレヨンの線を少し残しました。
 “子どもらしさ”を出したくて。」

半田がそう説明すると、はるは微笑んだ。
「ありがとう。ちゃんと“あの子たちの手のあと”が見える。」

商店街の通りにポスターが並ぶ。
足を止めた通行人が微笑む。
「これ、うちの子が描いたんだ。」
町の風景が、少し柔らかくなったように感じた。

「パンを焼くだけじゃなく、
 人の気持ちを“見える形”にする仕事って、いいな。」

木曜日の昼下がり。
店の裏口から、「ひだまり」の先生、**井上あかね(29)**が顔を出した。

「矢崎さん、今度の“町の仕事紹介の日”でお話してもらえませんか?」
「私でいいんですか?」
「ええ。“仕事って大人だけのものじゃない”って伝えたくて。」

当日、教室で子どもたちを前に、はるは話した。

「仕事ってね、“お金のため”だけじゃなくて、
 “誰かのため”が続けられる仕事なんだと思う。
 それが、私にとってのパン作りです。」

子どもたちは真剣な顔で聞いていた。
その中のひとりが小さく呟く。
「将来、パン屋になりたい。」

その言葉を聞いた瞬間、はるの胸がじんわりと熱くなる。
“パンを教える”という行為の先に、
“未来を渡す”という意味があったことに気づいた。

夜。
商店街の外灯に照らされた1枚のポスター。
「月曜のパン教室・子どもたちの作品展」
印刷はもちろん、半田印刷所。

通りを歩く人々が足を止める。
「かわいいね」「これ、うちの子かな」
小さな声が重なり、町の夜が少し温かくなる。

店の中では、はるが片付けを終え、
焼きたてのパンをひとつ袋に詰めていた。
それは、学童の先生への差し入れ。

「いつも子どもたちを見てくれてありがとう。」
その言葉を添えて。

パンの香りが、夜風に乗って町に溶けていく。

「WORK」と「LIFE」をもっと身近に。
それは、働くことが町を支え、
町がまた、働く人を育てるということ。
パンを焼くように、人と暮らしを温めること。