シリーズ: WORKとLIFEをもっと身近に。
― 矢崎BAKERYと半田印刷所の物語 ―
― 同じ朝に鳴る音 ―
東京都・多摩エリアの住宅街。
駅前の商店街に、小さなパン屋「矢崎BAKERY」と、
その並びにある「半田印刷所」が並んでいる。
朝、パンの焼ける香りと、印刷機の軽やかなリズムが、
同じ時間に町へ響く。
二つの店は、長年同じ通りにありながら、
互いに“お客”であり、“支え合う仲間”でもあった。
― 香りを刷る男 ―
「この照明を少し明るくすると、パンがもっと温かく見えますよ。」
モニターをのぞき込みながら言うのは、
半田正樹(42)──地元で二代続く小さな印刷所の社長だ。
相手は「矢崎BAKERY」の店主、矢崎はる(36)。
元ホテルのベーカーで、町の人気者。
明るい笑顔と、手ごねにこだわるパンが評判だ。
半田はこの店の常連でもある。お気に入りは“木の実ブレッド”。
ひと口食べれば、香ばしさとやさしい甘みが広がる。
「味を知ってる印刷屋だからこそ、伝えられるチラシにしたい。」
そう語る半田に、はるは笑顔で返す。
「パンもチラシも、焼き加減が大事なんですよ。」
「確かに。どっちも“出しすぎると焦げる”んです。」
──仕事の話なのに、どこか暮らしの会話のように柔らかい。
この通りでは、そんな温度のやり取りが、日常になっている。
― 町の温度 ―
納品の日。
半田は刷りたてのポスターを抱え、徒歩5分のパン屋へ向かう。
昼前、店の前には焼きたての匂いが漂い、
扉を開けると、はるが笑顔で迎えた。
「うわ、すごい。パンが本当に温かく見える!」
壁に貼られたポスターは、湯気が立ちのぼるような光沢を放つ。
「これ、半田さんが作ったんだよ。」
矢崎が常連客に声をかけると、客は目を細めて言った。
「優しい感じがする。お店の雰囲気そのままですね。」
半田は少し照れながら、木の実ブレッドを一つ買う。
袋を受け取る手の中に、
焼きたての温度と、紙のぬくもりが一緒に残った。
― 生活と仕事の境界線 ―
昼休み。半田印刷所の食卓。
スタッフたちがパンを分け合いながら話す。
「この香り、印刷でどうやったら伝わるんでしょうね。」
若手デザイナーの**岸結衣(26)**が言う。
「香りを感じるチラシって、変だけど、ある気がします。」
半田は頷く。
「見ただけで“味”や“温度”を思い出す紙。
うちはそういう“町の呼吸”を刷ってるつもりなんだ。」
この町には、特別な制度も仕組みもない。
けれど、人と人が“暮らしの延長”で仕事をしている。
働くことが、生活と地続きになっている。
― 灯りの中のポスター ―
夜。印刷機の音が止み、半田は窓の外を見上げた。
通りの先に、矢崎BAKERYの外灯がやさしく光る。
昼に納品したポスターが、
まるで店の一部のように通りの風景に溶け込んでいる。
「働くって、町を良くすることなんだな。」
半田は小さくつぶやいた。
インクの匂いの中に、焼きたてのパンの香りがまだ漂っている気がした。
パンの香りと、インクの匂い。
その混ざり合いが、この町の一日を作っている。














